高麗人蔘茶に受け継がれる、
原田淳博士の研究と想い
前代表 原田さん
nokenの高麗人蔘茶を語るとき、欠かすことのできない人物がいます。創業者であり、農学博士でもあった原田淳氏です。
古くから人々に親しまれてきた高麗人蔘を、より飲みやすく、日々の暮らしに寄り添う形で届けたい。
そう願った原田博士の想い、独自の製法、韓国の現地スタッフとの信頼関係にまつわるエピソードなどを、娘である原田さんの記憶を通してたどります。
韓国での農業振興から始まった、
高麗人蔘茶づくり
成分を壊さず、
飲みやすくするために
高麗人蔘には、昔から人の健やかな暮らしを支えるものとしての長い歴史があります。数千年もの間、経験的に「これはすごいものだ」と受け継がれてきたわけです。その後、研究が進むにつれて、なぜ高麗人蔘がこれほど重宝されてきたのか、その一端も少しずつ明らかになってきました。
よく知られている成分のひとつに、サポニンがあります。サポニンはさまざまな植物に含まれていますが、高麗人蔘のサポニンは、酵素やホルモン、あるいはビタミンにも似た働きを持つ成分として知られています。細胞レベルの新陳代謝に関わり、身体が本来持っている働きを整えることにもつながると考えられてきました。
だからこそ、その成分をいかに壊さず、上手に抽出するかがとても大切でした。水で抽出すると出てくる成分。アルコールで抽出すると出てくる成分。それぞれに違いがあります。
父たちは、水による抽出、アルコールによる抽出、さまざまな方法を試しながら、両方のよさを活かし、なおかつ飲みやすい高麗人蔘茶を目指しました。従来のような、ドロドロとして苦みの強いエキスではなく、成分を大切にしながら、日々の暮らしの中で続けやすいものへ。そこに、父の研究の大きな意味があったのだと思います。
韓国のスタッフと、
心を通わせながら
もちろん、研究だけでよいものができるわけではありません。日本人である父が韓国へ渡り、現地の工場の方々に技術を伝え、一緒に製品をつくり上げていく。これは、とても難しいことだったと思います。
今でこそコミュニケーションの大切さがよく言われますが、当時から父は、人と人との信頼関係を何より大切にしていました。自分の意見を受け入れてもらうためには、まず相手に心を開いてもらわなければならない。よいものづくりは、その土台があってこそ成り立つのです。
父は、一年のうちお正月とお盆以外はほとんど韓国にいるような生活をしていました。それが五年ほど続いたでしょうか。一緒に食事をし、一緒にお酒を飲み、寝泊まりを共にする。そうした日々を重ねる中で、少しずつ信頼関係が生まれていきました。
現場のスタッフの方々と心をひとつにして、同じ目標へ向かって製品づくりに取り組めるようになったのです。高麗人蔘茶は、研究室だけで生まれたものではありません。現地の方々との信頼、時間、手間、頼れる仲間の存在、そして「もっとよいものをつくりたい」という共通の想いから生まれたものだと思っています。
「もっとよいものをつくれば、
もっと喜んでいただける」
父のメモに、こんな言葉が残っていました。「従来のドロドロのエキスを使った製品でも、これだけ皆さんに喜ばれ、求められている。ならば、もっとよいものをつくれば、もっと皆さんに喜んでいただけるのではないか」。その想いが、父を動かしていたのだと思います。
高麗人蔘の学名は、パナックス・ジンセンといいます。この「パナックス」には、万能という意味があります。西洋の人々も、高麗人蔘の価値を認め、そのような学名をつけたということですね。
それほど長い歴史を持ち、多くの人に大切にされてきた高麗人蔘。その力を損なわず、より飲みやすく、より暮らしに取り入れやすい形で日本にも広めたい。そうして会社組織として輸入を始めたのが、nokenの歩みにつながっていきました。
同じ材料でも、
同じものはできない
高麗人蔘茶づくりには、やはり技術力が必要です。以前、レクティ化粧品(※2026年4月1日nokenに合併)の基礎を築いた開発者の方から、こんなことを言われたことがあります。「レシピが分かっても、同じものは真似できませんよ」。
その方はお料理がとてもお好きな方でした。「同じ材料を使って、同じようにつくったとしても、料理の味は人によって違うでしょう」とおっしゃるのです。それは高麗人蔘茶にも当てはまると思います。
どの温度で抽出するのか。どのくらい煮詰めるのか。どのタイミングで顆粒状にしていくのか。工程を言葉で説明することはできても、そこには長年の経験や感覚、研究の積み重ねがあります。だから、同じ方法に見えても、同じものにはならないのです。
父たちが変えたのは、単なる製法だけではありません。高麗人蔘という素材の魅力を、よりよい形で届けるための考え方そのものだったのだと思います。
今では、高麗人蔘に含まれる大切な成分をできるだけ損なわずに抽出し、顆粒状にして手軽に飲める形にすることは、高麗人蔘茶づくりの主流のひとつになっています。その流れを考えると、父が重ねた研究とその成果は、現在の高麗人蔘茶づくりにも少なからず貢献しているのではないかと思います。
50年以上飲み続けて
感じること
私自身も、高麗人蔘茶をもう50年以上、日々の習慣として飲み続けています。もちろん、感じ方には人それぞれあると思います。けれども、私自身の実感としては、大きな病気をあまりしてこなかったこと、風邪を引きにくいこと、疲れを感じにくいことなど、日々の健康を支えてもらってきたように思っています。
若々しく、元気に、長く健やかに過ごす。そのために、毎日少しずつ続けられるものとして、高麗人蔘茶はとても意味のあるものだと思っています。
父の想いを、これからも
高麗人蔘茶には、父の研究と、韓国の方々との信頼関係、そして「もっとよいものを届けたい」という想いが込められています。
ただ珍しいものを輸入したのではありません。ただ体によいと言われるものを商品にしたのでもありません。成分を見極め、製法を磨き、飲みやすさを考え、日々の暮らしの中で続けられる形にする。そこに、nokenの原点があります。
高麗人蔘が持つ長い歴史と、父が重ねてきた研究。その両方を大切にしながら、nokenとして、これからも皆さまの健やかな毎日に役立つものを届け続けてもらえたなら、私にとって、これほどうれしいことはありません。
父・原田淳は、朝鮮戦争後、韓国政府の大統領秘書官から「韓国の農村の発展に力を貸してほしい」と依頼を受け、韓国へ渡りました。農業振興のために現地へ入り、栽培指導や技術支援に携わるようになったのが始まりです。
その頃、日本でもちょうど高麗人蔘茶のブームが起こり始めていました。それまで高麗人蔘といえば、根を煎じて飲むのが一般的でした。ところが、インスタントコーヒーが広まり始めた時代でもあり、高麗人蔘に含まれる成分を抽出し、顆粒状にして、もっと手軽に飲めるものにできないかという動きが出てきたのです。
当時は、高麗人蔘を何度も煮詰め、黒くドロドロにしたものが最もよい製法だと考えられていました。けれども、父がさまざまに調べていくと、必ずしもそうではないことが分かってきました。
高麗人蔘の大切な成分を壊さず、よりよい形で引き出すにはどうすればいいのか。その研究が、父と高麗人蔘茶づくりとの深い関わりの始まりでした。